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清水ののぶちゃま

  • author: 清水ののぶちゃま
  • 清水に住む42歳の単なるアルコホーリックのサラリーマン。妻、娘一人のいい男。ACでウツもち。
    好物はウイルキンソンのジンジャエール、杏仁豆腐、焼き鳥と枝豆。副業は銭屋官兵衛主宰:山信證券でのウイークトレード。そりゃまだ、金も欲しいさ…ハムスターの「さくら」の人気急上昇!!娘同様、かわいいのー
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    入院生活⑤
    そろそろ、入院生活も半ば過ぎ。あと思い出となるものは・・・

    <外泊訓練>
    この病院では、入院後約1ヵ月より外泊訓練が行われる。「根性試し」である。
    でも、私は4月1日の娘の誕生日に外泊訓練にいきたかったが許可は下りなかった。その日、きれいな桜の咲く公園を散歩しなければならないのは実につらかった。最初の外泊は4月9日、次は23日、ゴールデンウイークは何とかして還してもらい5月4日、それぞれ2泊3日の短い時間であった。こうも頻繁に帰宅する患者も珍しいのではないか?
    最後の外泊は退院直前の5月21日。このときは、娘の運動会に参加でき、途中で小雨が降り出し、行事が短縮されたものの、大変うれしかった。

    <院内自治会>
    私の病院でも、患者はただ寝ていて看護士さんが上げ膳・据え膳でもてなしてくれるのではなく、食事の配膳などは患者同士が行う仕組みとなっていた。風呂の掃除も洗濯も「頭は変だが身体は元気」な患者が自ら行うのであった。
    その患者同士の利害を調整するのが自治会会長などの役職者が行うことになっていた。入院して間もなく松本さんが会長を押し付けられ、同時に私も副会長となった。名誉職でもなければただただ面倒なだけである。「あいつのいびきがうるさい」だとか「あいつは配膳をサボる」とかそんな処理で昼寝もできないのである。 
    そして、一ヵ月後、松本さんの代わりに私が会長になった。平穏な日々が続いたが、私が退院する前日、実に些細なことから薬物系の患者同士の喧嘩がはじまり、それを抑えるのに苦労した。もう、こんな病院などくるかと思った。
     でも、退院する際、喧嘩を起こした者たちが侘びを入れに来て、荷物を運んでくれたときには正直涙が出てきた。
    そして、かみさんが身元引受人として迎えに来てくれ無事退院となった次第である。

    ※松本さんは、退院後、不慮の交通事故で命を失いました。
    ここにご冥福をお祈り申し上げます。

    <おわりに>
    最後のグループミーティングのメモにこう残してあった。

    入院当初は、「別に節酒でもいいじゃないか」「やめようと決意すれば何とかなるさ」位に思っていた。その後、各種ミーティング、例会、AAに参加するようになり、そのようなことは無理だと認識するようになり、現在では断酒しようと決めている。せめて10歳の子供が成人するまでは健康な身体を保ちたく、飲酒のみならず、運動、栄養のバランス、ストレスの発散等まで気をつけたく勉強を始めた。一日も早く「しらふ」の自分を構築し、二度と同じことをしたくありません。「20040524回復のためのミーティング体験談」



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